政治家(秘書も)って、引退後は、結構悲惨

 はい、現在、コロナ肺炎の為に、追及されるべき政治課題が、遅延しています。私のブログでも、アクセスが異様に多かった、秋元衆議院議員のIR疑獄事件を筆頭に、河井夫妻議員の買収事件など、すっかりかすんでしまいましたね。

 彼ら・彼女らは、多くの追求を受けながらも、何故、国会議員を辞職しないのか、疑問に思ったことはありませんか?いくら、マスコミ、国民から非難を浴びながらも、決して辞職しようとしないのです。

 建前上は、日本国憲法によって、身分が保証されている・国民からの負託を受け当選したから任期まで務める義務があるというのが、建前ですが、彼ら・彼女らは、国会議員を辞めてしまったら、次の仕事がないのです。つまり、国会議員を退職した後の、身分保障がないのです。どうせ辞めざるを得ないのなら、ぎりぎりまで、引っ張って、議員歳費(国会議員の場合、給与とは言いません。なぜなら、法律上給与と規定されていないからです)を貰えるだけ、貰おうと考えているからです。かつては、議員を10年務めたら、議員年金とうものが支給されていましたが(10年で400万円程度の年金額だったと思います)、現在は、2006年に、廃止されてしまいました。その功罪といえるのかもしれません。

 過去に、野党の国会議員で落選した後に、政策担当秘書になった方が、いらっしゃいましたが、「元国会議員としてのプライドはないのか?」などと、身内から、非難を浴びていました。また、民主党の議員だった、島聡さんなどは、ソフトバンクの社長室長に就任しましたが、その後の進路が、相当限られているからなのです。

 もっと変わったところでは、自民党の、熊代明彦元議員は、自民党でも、相当な実力者でしたが、現在は、岡山市議会議員をしています。国が上、地方が下というのは、間違った考えなのかもしれませんが、一般的なイメージでは、国会議員の方が、いろいろな式典でも、挨拶が先だったり、大臣、自民党の党3役、首相経験者、政党党首などになれば、SPがつきますので、格でいえば、国会議員が実質的には、格上ですよね。

 会社の経営者(綿貫元衆議院議員は、東証一部のトナミ運輸のオーナー、麻生財務大臣麻生セメントのオーナーなど)であったり、医師・弁護士、地方の名士でもなければ、国会議員を辞めた後の、飯のタネに困ってしまう為、出来るだけ、稼ごうとする心理が働きます。いわゆる、「火事場泥棒」のような感じですね。

 杉村太蔵衆議院議員などの、一部、タレント性のある人は別ですが、明日食べていくのに困ってしまうのが、一般的な、国家議員を辞めた後の実情であると言えます。

 落選した議員のその後として、井脇ノブ子氏の特集があるので、その極貧ぶりは、リンク先よりご確認ください。(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53616)名誉の為に、氏名は伏せますが、なんと、生活保護で暮らしている元議員もいます。(杉村太蔵氏は、言動の軽さから、それほどでもない人間の様に、見られがちですが、国体でのテニスの優勝経験があったり、ドイツ証券の元社員であったり、そこそこは優秀な部類の人物です)

 国家議員秘書も同じで、選挙に落選すれば、国会議員は、ただの人ですみますが、その秘書は、人以下の存在です。なので、初当選した、議員のところに、新規採用してもらおうとして、派閥の人脈を使ったり、秘書仲間のネットワークを使って就職活動をします。

 民主党政権が誕生したときは、永田町勤務の自民党秘書の大量失業が発生して、即戦力としての能力が非常に高い元自民党秘書が、民主党の秘書に再就職したという、大事件が起こりました。流石に、自民党の秘書というのは、選挙活動・集金活動などにおいて、実務の能力が高いんですよね。即戦力でない人は、勧奨退職を勧められたり、自分で辞めていきます。官僚とのコネクションというのも大きいですね。国会議員秘書の平均勤続年数は2年程度ともいわれています。

 私は、民主党政権の時代には、秘書を辞めていましたが、週刊SPAから、「国会議員秘書は落選したらどうなるの?」とうネタで、取材されて、記事にしてもらった記憶があります。

 国会議員秘書とう職業は、将来、政治家になろうなどと思っていない人で、定年とされる65歳まで、働き続けられる人は、非常に少ないですね。みんな、どこに行っているのでしょうか?私の知っている人では、自殺したり、逮捕されたり、非常に悲しい最後になってしまっている人が、沢山います。本気で、何らかの、議員になる為の、修行の場として、考えている人以外には、お勧めをしない仕事ですね。